自分の未来をビルドしたい

未経験で職務経歴がボロボロの人がSEを目指していきます

折り鶴

  まだ私は病院の一室で忌々しいこのベッドから脱出できないでいる。この大部屋のご老人に顔を覚えられ将棋を興じるほどに長くいる。腕には未だに点滴針が仰々しく刺さっている。その腕を見る度にいつも将棋をしてくれる青島武さんが(タケちゃんと呼んでくれと言われているが恐れ多く武さんと呼んでいる)「痛そうにのぉ、若いのにかわいそうじゃ」と云ってくる。もしや私を交通事故での長期患者ではなく不治の病で入院していると勘違いしているんじゃないかってくらいに。そして見る顔は武さんだけじゃない。私が担当していたクラスの生徒達が数人代表で来てくれた。その数人にはクラスリーダーのような存在である飯塚の姿もいた。目を真っ赤にして私を見る度に号泣し、私は参ってしまった。この様子を見るに相当心配してくれたようだ。教師冥利に

尽きるというものだろうか。

「せ、先生が死んじゃうかもって心配して。でもしばらく面会できないって、それでわ、私もうどうにかなっちゃいそうで。千羽鶴!千羽じゃないけれど折ったの!」

この発言に周りの女生徒がニヤニヤとしている、どうしたというのだ。

「この鶴、私ひとりで折ったの。クラスのみんなに折らせるのはちょっと、その、とにかく私だけで作って先生が元気になるようにね!」

なるほど、待て待て。私と君でどれだけ歳が離れていると思うんだ。退院してもまた別のところに収監されて今度は職やいろんなものを失ってしまう。私の動揺した顔を見て飯塚は早口で言い訳を並び立てていく。周りの生徒達は完全にこの状況を楽しんでいる。

「だって、だって!先生にはすごいお世話になっているし!教え方うまいし!別に、そういうことじゃなくて。とにかく元気になって!」

私が飯塚をそんなに世話したことがあったか心当たりはないが、とにかく激励の気持ちはありがたく受け取ることにした。そして、ふとあることが頭に浮かび訊いて見た。

「なぁ、君たち。縁遠は今どうしているか知っているか。あのトラブルがあった後だ、気になってな」

私がこういうと飯塚を始めとした生徒達は少し驚いた顔をした。そして飯塚が云った。

「先生知らないの、縁遠さんは先生が事故に逢った1週間後に転校したよ。聞いてないの?」

初耳だ。他の先生から業務連絡として真っ先に来てもいいことだが。それとも現状を気遣ってわざと報告しなかったか、いやおかしい。それは担任の私からしたらかなりの重要事項だ。意識を取り戻して翌日か、または来週あたりに連絡がくるはずだ。

「なんかね、両親の都合で地方に引っ越さないといけなくなったんだって。転勤ってことかな、よく分からないけれど」

「そうか。情報ありがとう、飯塚。クラスは何か変化とはなかったか。」

「ううん。強いて言えばみんな先生の心配しているよ。早く先生の授業受けたいって」

「なんだ嬉しいことを云ってくれるじゃないか。まぁもう少ししたら車椅子で外には出られそうだ。しばし迷惑をかけるな、申し訳ない」

「謝らないでよ。先生が別に悪いわけじゃないんだから。ゆっくり休んで栄養つくもの食べて。骨折だから牛乳、カルシウムちゃんととりなよ!あ、もう行かないといけないみたい。みんな行こう!じゃあね、先生。折り鶴ここに飾っとくね」

「みんな、今日は来てくれてありがとう。飯塚も折り鶴ありがとうな。私が云うのもなんだが帰りは車などに気をつけるんだぞ」

はあい、と笑顔で大部屋から私に向かって手を振りながら我が愛しい生徒達は出て行った。縁遠の件が引っかかるが、今は生徒たちのために療養に集中することを考えよう。しかしこの千羽足らずの千羽鶴。和紙で出来ているのか、とても綺麗な見栄えだ。退院してからも自宅に飾っておきたいものだ。飯塚には改めてお礼を云いたいところだが、変な誤解が生まれないようにしなければと考えていたところだった。ある1羽の鶴が少し歪になっていた。持ってくる途中に潰れてしまったのか、こんなに他は綺麗なんだ。勿体無いからこのぐらいはリハビリも兼ねて私が直しておこう。その鶴を手に取ってみたところ、折込んでいた中に何か字が見えた。飯塚のことだ、何か仕込んでおいたのか。そう思い、鶴を開いた。

 

にげないでね にげないでね

 

私は思わずその紙を地面に落とし、しばらく動くことが出来なかった。