自分の未来をビルドしたい

未経験で職務経歴がボロボロの人がSEを目指していきます

累印

 なぜ彼女がこのような姿になっているのか、そもそも私の家に来たのか。抱えきれない疑問がある。とりあえず私の教え子、縁遠にタオルを渡してお風呂に入ってくるように伝えた。着替えは彼女のカバンに体育着がある。それで我慢してもらうしかあるまい。今の私には恐怖と混乱の2つの感情が絵の具のようにグニャリと混ざり歪な色を表している。彼女の様子は尋常ではない。あの血のような液体はなんだったのか。そこを考えてみることにした。本物の血だとしたら彼女はなんらかの事件に巻き込まれたのか。だがそれなら私のところじゃなく、警察に連絡するべきだ。今日日、携帯電話を持っているか持っていなくとも学校やこの付近にはポツポツと公衆電話がある。事件に巻き込まれたものじゃないとしたら、イジメか。実は私の預かり知らない時に縁遠をクラスメートにイジメられており昨日のあの一件もイジメの氷山の一角だったのかもしれない。だとしたら私の家に来たという疑問も多少は理解はできる(どこで私の住所を知ったのかは別として)。そうこう考えていると彼女が風呂から上がり、髪を乾かして体操服に着替えて脱衣所兼洗面所から出てきた。

「あ、あの…先生、急にすいません。あと、ありがとうございます」

「いや、気にしないでくれ。私の生徒がああいう風になっていて家にわざわざ助けを求めてきたんだ。とにかく少しは気持ちは落ち着いたかい」

「はい、あの洗濯もの。汚れて…あの…」

「ああ、アレで私の洗濯機が汚れる事を気遣ってくれているんだね。ありがとう、心配に及ばないよ。洗剤と柔軟剤を使えば洗濯機に色が残ったり匂いがついたりすることはまずないだろうさ。制服も汚れた部分が目立たないようにはなるだろう、うん」

匂いか…そう、匂いだ。あの赤い液体の匂いは間違いない、アレは。

「なぁ、縁遠。ちょっと訊いてもいいか。あの血は一体どうしたんだ。私に言えることだけでいい、話して欲しんだ。」

私はあまり詰問するような口調にならないように努めて彼女に疑問を投げかけた。すると彼女は体を小動物のようにビクリと震わせて口をもごもごさせながら、耳を澄まさなければ聞こえない声量で告げた。

「い、いきなり…学校のトイレに入っていたら、上から…」

「上から血をかけられたんだね。辛かったな」

「は、はい。私、最初は何が起こったのかわからなくて、でも水じゃないし赤いし、なんか匂いが臭いし、ヌメヌメしてて。それで血だって気づいてパニックになったんです」

彼女は当時のことを思い出したのか、目頭から溢れるものがあり眼球は充血していた。鼻もすんすんとしており、私は彼女にティッシュを手渡した。彼女は申し訳無さそうにティッシュを持つと私に背を向けて鼻をかんだ。そしてキョロキョロし始めたのでゴミ箱を探しているんだなと察した私は部屋の隅にある黒い小さいポリバケツを指差して、あそこに捨てればいいよ、と告げた。その時にちらりと彼女の持ったティッシュを見たがわずかに赤く染まっているのを見た。鼻に入るほどに大量の血を浴びせられたらしい。この歳の生徒はデリケートだ、昨日の一件といい今回といい彼女の精神衛生状態は悪い状態になっていることだろう。時計を見やると八つ時だ。何か暖かいものを出そうと思い、実家から甘酒が仕送りされたことを思い出し、そこらに放ってあったダンボールを漁り目当てのものを見つけた。そしてそれを鍋に入れ煮沸させ湯飲みに入れ彼女に差し出した。少しは落ち着いたのか、彼女は少し笑みを浮かべて感謝の言葉を告げた。

 

疑問はまだある、彼女がもう少し落ちついて時間が許す限り今回の件を訊いてみよう。

と、その前に保護者の方に連絡しなければ…学校に少し出かけてくる旨を彼女に伝えて玄関の扉を開けた。するとカサという音と共に何かが地面に落ちていることに気づいた。古めいたボロボロの紙片、嫌な予感がした。これは先日と同じ類のものではないか。しかし、好奇心が恐怖心に勝り紙片の中身をじっと目を凝らして見てみた。

 

「も う お そ い 」

 

血のような赤ではなかったが、ボールペンでグシャグシャと殴り書きされた5文字がそこにはあった。私は己の好奇心をひどく憎んだ。