自分の未来をビルドしたい

未経験で職務経歴がボロボロの人がSEを目指していきます

珈琲は飲むかい

「そういえば君、珈琲にさっきから手を付けていないね。苦手なのかい」

珈琲が並々と注がれたカップに目線をやり、眉を片方だけあげ冗談ぽく質問した。

そんなことないさ、私は答えた。それだったら珈琲とのケーキのドリンクセットなぞ頼まない。紅茶や甘いココアを他のが普通だろう。単にこれは私のこだわりだ。

「こだわりと云えばよく聞こえるが、変な癖だね。君にそんな一面があるとは初めて知ったよ。長い付き合いだったと思っていたけれどね」

ケーキの甘さがかき消されるじゃないか。それは紅茶だってココアだって珈琲だって変わらないだろう。僕は純粋にケーキの味を楽しみたいんだ。でも喉が後から渇く。だから飲み物で珈琲を選んだ。それだけのことだ。水?それは喫茶店に来たのにもったいないじゃないか。なんでそこで笑うんだい、失敬なやつだな。ケーキの甘さ、特に苺の甘さは口になるべく保っておきたいのさ、ただそれだけだ。

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 私が担当したクラスは特にこれといった問題児と言われる生徒もなく、普通のクラスだった。HRでも大人しくかつ女子高生らしく出席し、私の世界史の授業も真面目に聴いてくれるし、その上授業後に彼女らが疑問に思った事やテストでどのようにでるかといったことを質問してくる勉強熱心な生徒たちだった。私は安堵した。このクラスならば多少増えた仕事も残業はあれど、大した心労なく担当することが出来る。いや、もしこの中で優秀な生徒が出れば私の校内での株があがり、いやいやそこは欲張り過ぎだな。いけない、生徒たちは僕の出世のための手段ではない。大切な教え子なのだ。そこを忘れてはいけない。それを忘れて出世に目に眩み生徒から反感を食らった先生がいたっけな。確か女性の先生で古典を教えていた先生で今はもう寿退社したんだっけか。最初は生徒たちにも人気ある先生だったが、どうしたものか欲は人を変えさせるものか。くわばらくわばら僕も気を付けよう。そんなことを考えながら歩いていたら胸元に小さな衝撃があった。なにかと思い衝撃のもとを見ると小柄な女生徒が困惑して謝罪をしようとしているがうまく言えていない様子だ。

「すみ、す、すみません」

「いや僕こそ申し訳ないね。つい考え事をしながら歩いていた。怪我はないかい。

ん、君はうちのクラスの…縁遠じゃないか」

「はい、そうです。こ、こちらこそ、すみません」

彼女は僕の担当しているクラスの一員、縁遠(えんどう)知佳(ちか)だ。大変小柄で僕のお腹あたりまでしか背が無い。高校生というよりは中学生のようなあどけなさがある。黒髪が肩まで伸びており、目は伏し目がち、美人というより可愛らしいという表現が似合う。そうたとえるなら小動物のようなものだ。同じクラスの子からはエンちゃんと呼ばれて何人かの友人と話している様子を見たことがある。その話している様子で彼女は所謂いじられキャラというものらしいと見て取れた。彼女が、そうこの彼女が後に私にとっては珈琲より苦々しくケーキより甘ったるい経験をさせるとはこの時は夢にも思っていなかった。私は、女子高生を甘く見過ぎていたのだ。