自分の未来をビルドしたい

未経験で職務経歴がボロボロの人がSEを目指していきます

選ぶ苦味

ところで、貴方の注文は面白い。違う種類の珈琲を4杯ですか。ブルーマウンテン、コロンビア、グアテマラブレンド
なんでまたそんな違う種類のものを、珈琲なぞ味なんて違いなんてないでしょうに。
「全国の珈琲好きを敵に回すような発言を。いや珈琲は苦味だけではなく、香りや酸味にコクと色々と違いがあるんですよ。
まさか君、そこらで売っている安いインスタントコーヒーと喫茶店のマスターが厳選して深入りした珈琲を同じものとは言わないでしょう」
いや流石に、私でもその違いはわかりますよ。味が違うというか深みがある感じですよね。おや、ここの店主がこちらをちらりと見ていますね。
何か誇らしげに頷いて見えるような。いやわかりました、珈琲も十人十色、それぞれ違いがあるというわけですね。しかし、それにしてもこんなにも
並べて注文しなくても。冷める前に飲めるのですか。
「いや、この飲み方は私も人から教わった口でね。苦さにも色々ある。それを味覚として楽しめる贅沢な遊戯なようなものらしくて。
最初に聞いたときは私も首を傾げましたよ。おかしな飲み方をするものだと。ただ一度はまってしまうとなかなかどうしてやめられない魅力があるのでしょうね。
貴方は色々な苦味を感じて楽しんではみませんか。結構面白いものですよ」
いや私は遠慮させていただきます。苦味は散々味わったのでこりごりですよ。
「ではなぜ珈琲を注文されたんです?」
そうですね、臥薪嘗胆と言いましょうか。過去の苦味を忘れないためにですかね。ははは、そんな訝しげな顔をしないでください。

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 私のクラスの評判は上々はだった。他の教科の先生には礼儀正しく授業態度も真面目、素行や風紀もしっかりしておりかつ肩が凝るようなほどの生真面目さではなくお茶目な女子高生らしい可愛さはある。まさに理想のクラスだ、教頭から好評もいただき首尾は上々だ。運がいい。どのクラスでも問題児や何かしらのトラブルなどは必ずある。私は担任になるときには多少の面倒は覚悟していた。教育の仕事は一筋縄ではいかないことも今までの教師経験で嫌という程に見てきた。それが普通なのだ。だが例外というものはどこにでもあるらしい。私は好きな世界史を誇らしい生徒にもっと世界史が好きになってもらえるように授業に工夫を加え、また受験対策にどういった問題が出るのかを寝る時間を惜しんでテストを作り解説もしていった。苦労や疲れはあったが非常にやりがいがあり今までで一番充実した時間を経験していると思っていた。そんなある日、女生徒が授業終わりに私に声を掛けてきた。確かこの子は飯塚、飯塚澪だ。このクラスの中心には必ず彼女がいる。長い黒髪で眉はキリッとしていて目立ちもはっきりしている。『勝気』な顔をしているというと分かるだろうか。整った顔立ちにやる気を感じる子だ。
「先生、ちょっといいですか。これみんなで作ったんです、放課後の家庭科室を使って」
彼女の手にはビニール袋が握られていた。そして可愛らしいピンクのリボンで包装してあり、中には菓子が入っているようだ。これはクッキーだろうか、手作りといっていたがしっかりと形が作られており商品として売られていてもい不思議ではない作りだった。
「先生、甘いのって好きです?先生の授業が他の先生よりすっごく分かりやすいし、悩みとか愚痴とか聞いてくれるから先生に何かプレゼントしようかってクラスのみんなで話し合ったんです。そこでクッキーを作って贈ろうって決まって。作った後に先生って甘いもの大丈夫だっけと後から気づいて…」
「いや甘いのは好物だよ。これでもね甘党なんだ。喫茶店でよくケーキを食べるくらいなんだよ。いやなんか嬉しいな、感動だよ」
「あ、先生。嬉しくて泣かないでくださいよ。私が先生をいじめているみたいに見えますからね」
「そう言われたら出そうだった涙も引っ込んだよ。でも素直に嬉しいよ、本当にありがとう。しかしよくできているな、商品として売れるレベルだぞこれは」
「ありがとうございます!やった!」
彼女は素直に私の誉め言葉を受け取ってくれたようだ。そういえば、ちょうど小腹が空いたな。どれ味の感想をいち早く伝えるか。私は包装を解き袋からクッキーをひとつとった。ハートの形をしたクッキーですこし色が茶色がかっている、味はチョコか。口にクッキーを放り込んだ瞬間に苦みが全体に染み込んできた。心地よい苦みではなく、珈琲豆を直接かみ砕いたような苦みとでもいうのだろうか、苦い苦すぎる。しかし、ここで不味いと生徒に伝えるべきではと考えていると彼女はくすくすと可笑しそうに笑っていた。なぜだそんな反応を、まさか。
「先生、大当たり!実はこの中にとびっきり苦いクッキーをひとつだけ混ぜたの。まさか目の前でそれを食べて当たるなんて」
やってくれたな、このお茶目っ気が彼女の魅力でもあり玉に瑕とでもいうのだろうか、ああ苦い。とにかく彼女にはいっぱい食わされた訳だ。とんだ苦い思いをさせられたものだ、今回は。

そしてこれからも。